人生一番の思い出

間宮眼科医院 間宮淳子

 

東口病院のドックで眼底写真の判定をさせて頂いている眼科医です。76歳になります。

頭と口が元気なうちは患者さんとお話したいと診療所で頑張っています。

昨年は戦後70年で戦争のことがなにかと話題になりました。私の76年の人生の中で一番心に残っているのは空襲の夜のことです。昭和20年7月3日の夜、香川県高松市は、B29(空母に積まれてアメリカからやって来た戦闘機)の大編隊に襲われ、炎上、灰燼に帰してしまいました。父は我が屋を火事から守ると言って残り(なんと無謀な)母と私(当時6歳)は近くの小学校の校庭に沢山掘られていた防空壕の一つに逃げこみました。沢山の飛行機の音、ドーン、ドーンという焼夷弾が辺り構わず降り注ぐ音、その内の一つは頭上でヒュルヒュルヒュルドーンと、私達の防空壕の1m後に落ちました。入り口側に落ちていたら私達は生きていなかったでしょう。やがて飛行機音がしなくなり、静寂の中赤々と燃えあがる校舎を見つづけました。朝になって父と再会し、大人には麦飯の、子供には白米のおにぎりが配られました。郊外にある親戚の家に歩いて辿りつくまでに黒こげの死体をみました。通っていた幼稚園のブランコが焼け残っていました。あの日のことは一生忘れられません。辿りついた親戚の家には何人もの、焼け出された人達が同居し、不自由な生活となりましたが、ある日ラジオの前に大人達が集まっていました。そして母がもう飛行機が来ても物陰にかくれなくてもいいんだよと教えてくれました。子供心にとてもホッとしたのを覚えています。終戦の日でした。70年たってもはっきり思い出す忘れ得ない出来事です。 

再び世界のどこにも戦争がおきないことを願ってやみませんが現実はいかが?すでに16世紀の哲学者エラスムスは「戦争は戦争を生み、復讐は復讐を生む」と述べ、モーパッサンは「愛国心は卵のようなもので、その卵から戦争が生まれる」と、バーナード・ショーは「人類から愛国心をたたき落とすまでは平和な世界は望めない」とも述べています。大人が子供達に残せる最大のプレゼントは平和だと思います。大人達よ、よく考えて頑張れ!

 

間宮淳子先生は、長野市神楽橋で眼科を開業しておられ、当院の人間ドックでの眼底検査をお願いしております。平成12年11月(№15)「目は口ほどに物を言い」で、“目は健康に必要な情報を発信しています。特定健診での眼底検査を活用しましょう”と教えていただきました。今回は、先生の貴重な体験を寄せていただきました。私は長岡大空襲の折、大人があわてて電灯を風呂敷で覆っているのを憶えているような気がしますが、3才前でしたから、あとで聞かされたことを自らの記憶と思っているのかもしれません。 世界のあちらこちらに紛争はなくなりません。先生の希求される平和が、一刻も早く訪れることを祈りたいものです。(大橋)

受付では毎月一度、保険証の提示をお願いしております。

また、保険証番号・住所・電話番号等が変わった場合にも、随時受付職員までお知らせください。

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