「フルーツみつ豆缶」がごちそうだった頃

当院医師 工藤道也

病院で当直をしていると、その際の食事のデザートに「フルーツみつ豆」が付くことがあります。久しく食べていなくて、その存在もすっかり忘れていましたが、小さい頃はたまにしか食べることのできないごちそうでした。もう50年も前の話になりますが、デザートなんて洒落た物はありませんでしたし、おやつといっても缶詰が出てくることはほとんどありませんでした。それでもフルーツの缶詰というとみかんはよく出された気がするのですが、白桃や黄桃(甘いシロップに、半分に切られた大きな実がゴロっと入っているのが嬉しかった)、パイナップル(当時店頭に生の実は売っておらず、缶詰でしか食べることができなかった)やフルーツみつ豆はなかなか口にする機会がなく、皆で分けるなんて時には、その缶詰を独り占めにしたいと思ったものです。

当時フルーツみつ豆を食べる際には、私自身の「お作法」がありました。人はごちそうを前にした時に、まず美味しいものを食べてしまう人と美味しいものを最後に残しておく人と大きく二つのタイプに分けられますが、私はどうやら後者のようです。行儀が悪いのですが、まずあまり味のない黒豆と寒天を拾って食べます。次に食べ慣れたみかん、それからパイナップル、梨、桃を順々に食べて、そして最後に缶詰の中にひとつしか入っていない真っ赤なサクランボをパクッと・・・。至福の時間でした。

ラーメン一杯が50円で、そんなラーメンやフルーツみつ豆がごちそうの時代でした。今と比べると物が何もない時代でしたが、それでも将来に希望が満ちていた時代でした。人々は豊かさを求め、社会は大きく発展し、それこそ世界中の物を手に入れることができる世の中になりましたが、でも本当の豊かさっていったい何なんだろう?フルーツみつ豆を懐かしく食べながら、ふとそんなことを考えました。

 

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